「オバケ?」展をきっかけに生まれた、異色のオバケ絵本『せんめんじょできっちんで』。
詩人 ウチダゴウ、絵本作家 ザ・キャビンカンパニー(阿部健太朗、吉岡紗希)、デザイナー 髙田唯と、版元のブルーシープ(草刈大介、竹下ひかり)が絵本づくりについて語り合いました。安曇野、大分、東京をオンラインでつないで繰り広げられた、絵本ができるまでのもうひとつの物語。3回に分けて、お届けします。
①はこちら
聞き手・構成・文/天田泉
*敬称略

左上から右下へ天田、竹下、ウチダ、ザ・キャビンカンパニー、髙田、草刈。
―1編の詩と1枚の絵画のインスタレーションから、1冊の絵本が生まれました。
ザ・キャビンカンパニー 吉岡紗希 1枚のタブローと1冊の絵本にするのでは、考え方が全然違いましたね。
ザ・キャビンカンパニー 阿部健太朗 難しいんだよね、こういう時って。大体さっき言ったような一番最初に描いた絵がどうしても良いって思っちゃうから、絵本ももう絶対これに引っ張られちゃう。絵本の表紙はもう絶対この絵でいくしかないと思ったんですよね。
キャビン 吉岡 ただ、絵本にするとなると、もっとエンターテイメント力もいるかなとも思って。どう推進力を出していこうかなっていうところが、一番悩んだところ。

キャビン 阿部 詩画集と絵本は僕らの中ではちょっと違うと思っていて。詩画集なら、詩に対して絵が付いていて、見る人の中で広がってくれれば良いんだけど、絵本には一本筋が必要だと思って。「かげくん」を軸にすればお話になるんじゃないかなと。「かげ」っていう言葉は詩の中には出てこないから、随分、思い切った。今やもう、このかげくんの話みたいになっちゃったからね、よかったと思ってるんだけど。
ウチダゴウ やったな!と思って、楽しかった(笑)。
キャビン 吉岡 球を投げ返しましたね。
―最初の大きな1枚絵と絵本の表紙の絵は同じものだそうですが、子どもの瞳の中に描かれているものが違うと聞きました。
キャビン 阿部 1枚絵の方の子どもの瞳の中には白いおばけが入っていました。これは友達の子どもに手伝ってもらって描いたんですね。
キャビン 吉岡 なんかもう、自分の手癖が嫌で(笑)。
キャビン 阿部 僕らが描くと、どうしてもおばけが作為的になる。それで、2歳の子どもに目の中の白いおばけの顔を描いてもらった。


キャビン阿部 絵本の表紙は、デザインする時に髙田さんが頑張って白いおばけを消してくれて、そこにかげくんを描いた。絵本の表紙から、おばけがいなくなっちゃったから、ちょっとその子に申し訳ないなと思って、キッチンの場面のラベルの中に移動させました。
ウチダ ちょっと聞いても良いですか? 絵本を読んでいて気づいたのだけれど、「びるのあいだの ろじのてまねき てんめつする がいとうのめくばせ」の絵って、なんでジョバンニとカンパネルラと描いてあるの? めっちゃおもろいと思って。

キャビン 吉岡 説明していいのか悩みますが……。
ウチダ 聞いていいのかも悩む(笑)。
キャビン阿部 作品の説明ほど、野暮なことはないっていうのはあるんだけど、やっぱり『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治 著)って、死者と共に旅する話だし、物語の中でも影がどんどん乗り込んでくるっていうようなくだりもあるので。

キャビン 吉岡 このシーンも、この世とあの世の概念がひっくり返るというか、この主人公ももしかしたら死んでるかもしれないんですよね。こっちは現世の人と思ってるけど……とか、色々混同させたかった。「ぜんぶしってる うしろすがた」で、どっちの後ろ姿なんだろうとか、死んでるとか、生きてるってなんなのか。生きている方が実はマイノリティじゃないのか、それとも死んだ方がマイノリティなのかみたいな、そういうのを揺さぶりたくて。生者と死者の冒険みたいなことで、カンパネルラを入れようと思った。
キャビン阿部 僕らの絵本は他でもこういうことをしてるんだけど、その時、読んでいたものとか、その作品のテーマに近そうなものをあらかた読んだりしていると、制作中、頭の中に浮かんできたりするんですよね。そういうのをチラチラ入れ込んだりすることで、読んだ人がより想像を膨らませていってくれるかなと思って。

ウチダ 「ひゃくにんりき」の駅のカットとか、この雲の形なんか信号機の中に描かれたかげと同じ形だなと。
キャビン 吉岡 なんかね、原風景みたいなのも入れたいなと思っちゃって。昔、見たことあるなみたいな。子どもの時に顔を洗ってたら、後ろが気になってしまう。うちの娘もいっつも後ろを振り向いてるんですけど。ああいうのって、多分、子どもの時に一番記憶があって。お風呂入ってる時、何かがいるとか。原風景になって、こう、うごめいてるような。
キャビン阿部 歩行者信号の黒いやつとかも、子どもの時とかによく見てたんですね、僕は。これはね、僕らの作品全般に言えることかもしれないけど、ちょっと昔、どっかで体験したことあるかもみたいな。
キャビン 吉岡 こんな入道雲も、見たことあるかもとか。

キャビン阿部 そういえば今回、この電柱は頑張りましたね。電柱のリアリティが作品にとって必要だと思いまして、しっかりと観察して描きました。
ウチダ いや、この鳥もね、鳥自身は怖がらせようと思ってないのに、見てると勝手に怖くなったり。
キャビン阿部 これは詩の力も大きいです。「電線の鳥」という言葉から、子どもの頃の怖かった記憶を呼び覚まされます。

キャビン阿部 これ難しかった。相反する「ひとけのないまち ひとだらけのまち」っていう、言葉だと面白いんですけど、絵でこれを1ページで表現するってすっごい難しくて。試行錯誤していくうちに、本描きの途中で、急遽ラフと違う絵を描くことに変えました。
―最初はどんなラフだったんですか?
キャビン阿部 ラフはね、かげくんとこの子が1人ずつ走ってて。
キャビン 吉岡 追いかけっこっていうか、道をたがって違うところにいるんだけど、でも人だらけっていう感じがしなかったんですよね。人がいない中で、かげくんとその子だけの話に見えたんで、もっとこう人の気持ち悪さみたいなのを出したくて。
キャビン阿部 うん、一見、ひとけがいないように見えるんだけど、窓の中にめちゃくちゃいる、みたいな。これを思いついた時は、よかったと思いましたね。
ウチダ 最初に絵を送ってもらった時に、妻にもう自分が描いたかのように、「いいでしょう? すごいね!」って言って見せましたね。
怖いものほど、大切なものになる
キャビン阿部 珍しい絵本になったと思いますね。いわゆるホラー絵本のような、しっかりオチがある「ああ、怖い!」っていうような、それとはまたちょっと違う。最後までおばけらしいおばけは出てこないんだけども、なんかずっと不気味というか、こういう絵本の方が本当に怖い感じもしてる。
キャビン 吉岡 かげくんがいることで、コミカルさもある。
ブルーシープ 草刈 今回の絵本は、絵の背景が白いじゃないですか。それはやっぱりかげくんがいるから、黒くならないっていうところがあるんですか?
キャビン阿部 白昼夢の映像がまず思い浮かんだんですよね。夏の日差しをバーっと浴びた時の、明るい中に影が強く出てるみたいな。
キャビン 吉岡 現実と非現実が交差する世界を描きたかった。私たちは今まで、今回のような背景白ベタで、抜きの多い絵本を作ったことがあまりなくて。やっぱりいっぱい描き込んだような絵を求められることが多いので。
キャビン阿部 そう、カラフルにとか。
キャビン 吉岡 それへのアンチテーゼでもあるかもしれない。


なんか、ホラー絵本についても私たちもずっと考えていて。友だちとかに「ホラー絵本ってある意味あるん?楽しいのを子どもたちに読ませたいやん」みたいなことをたまに言われるんですよ。でも、怖さって重要だと思うんです。大切なものほど怖いというか、山とか美しすぎるものって怖く感じる。楽しいとか嬉しいとかいう感情だけで、この世は出来ていないから。楽しい嬉しいは受け入れられやすいかもしれないけど、実は受け入れ難い感情の方が大切なんじゃないかなって思って。展覧会も絵本もですけど、ちょっと怖い感じを大切に描いてる。
キャビン阿部 怖さとか、不気味さとかに対峙せずに遮断して逃げ続けてしまうと、それはそれでどうなんだろう。怖いってことにしっかり向き合ってほしい。とくに小さい子の方がやっぱ怖いっていう気持ちに直面することが多い気がしますね。うちの子も今もまさに、洗面所とかトイレにひとりで行くのが怖い。
キャビン 吉岡 子どもたちには、色んな気持ちを持っていてほしい。なので「オバケ?」展とか、こういうホラー絵本っていうのはあるべきだと思う。そういうのが翻って、大人になった時に大切なものになるかもしれないですね。すっごい怖くて、もうトラウマになる絵本が、時を経て振り返ってみると、素晴しい絵本だったと思うこともある。
キャビン阿部 そうなんですよ、のちに大切なものになるんですね。僕、『ねないこ だれだ』(せなけいこ/作・絵 福音館書店)が、一番好きな絵本なんですけど、子どもの時は大嫌いな本で、恨んだ(笑)。それで対抗して『よるです』(偕成社)っていう絵本を作ったぐらい嫌いなの。でも、やっぱり一番心に残ってるんですね、ずっと。
キャビン 吉岡 子どもの時に見たお神楽とか、スサノオがこう舞って、たまに舞台から降りて追いかけて来るんですよ。相撲取ってきたりとか、それがもう怖すぎて大号泣。
キャビン阿部 子どもは泣くんだよね。それを見て爺さんとかが笑ったりして(笑)。でも、あの体験、子どもの時は怖いんだけど、すごいんだよな。自分の子どもにもあの感じを味わってもらいたくて、今でも神楽をよく観に行きます。
キャビン 吉岡 なんかすごいなこの感じっていうのは子どもにも伝わる。
キャビン阿部 そうね。怖さって、すごさにつながるんだよな、なんかすごかったなって。「ひょっこりひょうたん島」(1964~1969年にNHKで放送された人形劇)のオープニングやキャラクターも、僕怖かったんだけど、でも、未だに記憶に、こびりついているんです。「ひょっこりひょうたん島」の造形とか、音楽とか、声の感じ、あれは怖くて凄かった。
ウチダ 「みんなのうた」の「メトロポリタンミュージアム(メトロポリタン美術館)」とかね、あれ大好きで、好きなのに怖いっていう。
キャビン阿部 そうそう、怖いから好きみたいなね、あるんです。怖さはしっかり子どもの時に向き合って、味わっておいてほしいと思うな。でも、怖がらせようと思ってないんですよね、神楽とか。
キャビン 吉岡 でっかい山とか富士山とかも近くで見た時に、もう畏怖の念を覚える。
キャビン阿部 相手は怖がらそうとしてないのに、怖いというか、それが一番良いですね。怖がらすぞ! みたいなおばけ屋敷的なのよりも、その方が残るね。「ひょっこりひょうたん島」も、きっと制作者には怖がらせようという意図は無いはず。この本でも、じんわりそういうのが味わえると思う。
―さっき生と死とか、そういうコントラストもテーマにされたというお話でしたが、それはどの段階でそうしようと思われたんですか?
キャビン 吉岡 やっぱり最初かな。絵本のテーマというか、雰囲気とかそういうのを最初に2人で話し合って決めるんです。方向性と絵本のテンションっていうのを最初の話し合いで2人でつかむ。
キャビン 阿部 描きながら段々分かってくることもありますね。この本って、根底には、こういうテーマをはらんでいるんじゃないか、とか。
草刈 今回の絵本は、ふたりが今までつくってきたものとはかなり違うのよね?
キャビン 吉岡 より強く出たって感じかな、私たちがやりたいことが。
キャビン 阿部 詩に絵をつける絵本っていうのが初めてなんです。難しかったんだけど、ある意味やりやすさもあった。解釈が広いからね。説明的にしなくても済む有り難さっていうのもある。最初に『がっこうに まにあわない』と言ってくれたんですけど、テイストが被らないようにとも思いました。何よりも、このかげのアイデアが出たから、それは全部、回避できたと思いますね。
ウチダ よく、かげにしたよね、本当に。まあ、僕のなかで「きみ」っていうのは本当に実在する人の想定で書いてるから。
キャビン 阿部 えっ、そうなんですか!?
ウチダ それが詩のいいところ。僕が想定しているものと違うものを相手がイメージしても、話がちゃんとその人の中で進むのがやっぱり詩の醍醐味ですよね。普通に言っちゃうと、洗面所で歯を磨いてて、で、鏡越しに後ろで君が髪をとかしているのが見えるんですよね。
キャビン 阿部 そうなの!言葉通りなんだ。僕らは完全に違う解釈だったなあ。
草刈 いや、どうとでも読めるなと思うな(笑)。

キャビン 阿部 「きみ」は自分自身だと思った。鏡っていうモチーフがあるからこそ、自分の映し鏡みたいな、鏡で見ると鼻が口がよじれてたりとか、右目が笑うとか書いていたので。自分であり自分ではない、自分の内面と向き合っていたりとか。自分の心の中の誰かとか、もういなくなった誰かとか、読み込んでいくうちに、かなり飛躍していった。
ウチダ 僕も絵を見て、確かにそうやって読んだら面白いね、いいじゃんと思いました。エンターテイメントをどっぷりやってもらえたっていうか。
キャビン 吉岡 多分、人によって違うストーリーが生み出されるんでしょうね。
インタビュー『せんめんじょできっちんで』ができるまで
③「“詩と絵の対決”をまとめ上げた、デザインのひみつ」は9月8日(月)に公開します。お楽しみに!
プロフィール

ウチダゴウ
詩人、グラフィックデザイナー。してきなしごと代表。詩の執筆・出版・朗読、デザインやレタリングを始め、活動は多岐に渡る。詩集に『空き地の勝手」『原野の返事』(してきなしごと)、『鬼は逃げる』(三輪舎)。

ザ・キャビンカンパニー
阿部健太朗と吉岡紗希による二人組の絵本作家/美術家。大分県生まれで、同県由布市の廃校をアトリエにし、絵本、立体造形、アニメーションなど多様な作品を生み出す。2024年から初の大規模展「童堂賛歌」が全国巡回中。
撮影:橋本大

髙田唯
グラフィックデザイナー。アーティスト。桑沢デザイン研究所卒業。株式会社Allright取締役。ロゴ、広告、装丁、パッケージデザインなどを手がける。国内外での個展・グループ展多数。東京造形大学教授。
草刈大介
朝日新聞社勤務を経て、2015年に展覧会を企画し、書籍を出版する株式会社「ブルーシープ」を設立して代表に。PLAY! MUSEUMのプロデューサーとして展覧会、書籍のプロデュース、美術館や施設の企画・運営などを手がける。
『せんめんじょできっちんで』
2025年7月10日(木)発売
定価:税込1,980円(本体1,800円+10%)
文:ウチダゴウ
絵:ザ・キャビンカンパニー
編集:ブルーシープ
ブックデザイン:髙田唯
印刷・製本: TOPPANクロレ株式会社
仕様:B5変型、上製、34ページ
ISBN: 978-4-908356-72-8
【取扱店】
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